大阪高等裁判所 平成8年(ネ)469号 判決 1996年11月26日
控訴人
甲野一郎
右不在者財産管理人
明石博隆
右訴訟代理人弁護士
小西隆
被控訴人
兵庫県
右代表者知事
貝原俊民
右訴訟代理人弁護士
俵正市
右訴訟復代理人弁護士
寺内則雄
主文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は控訴人に対し、金二〇一三万五六一〇円、及びにこれに対する平成五年四月一日から右支払いまで年五分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は、第一、二審を通じ、被控訴人の負担とする。
事実
第一 控訴の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 1、2を選択的に求める。
1 (第一事件) 被控訴人は、控訴人に対し、二〇一三万五六一〇円、及びこれに対する平成三年三月三〇日から支払いまで年五分の割合による金員を支払え。
2 (第二事件) 被控訴人は、控訴人に対し、二〇一三万五六一〇円、及びこれに対する平成五年四月一日から支払いまで年五分の割合による金員を支払え。
三 二項1又は2につき仮執行宣言
(控訴人は、原審において二項1、2の各請求を単純併合にしていたが、当審において選択的併合に変更した。)
第二 当事者の主張
当事者双方の主張は、第二事件についての当事者双方の主張を付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
一 控訴人の主張
1 地方公務員の免職処分につき、民法九七条ノ二や人事院規則一二―〇第五条二項のように、公示の方法にはより通知と同一の効力が生じるとする規定は、地方公務員法や兵庫県条例には存しない。
2 公示の方法をとっても、相手方が現実に処分を了知する可能性はほとんどない以上、法令に根拠のない事実上の公示によっては、処分通知の効力を生じさせることは出来ない。
二 被控訴人の主張
1 行政処分の相手方の所在が不明の場合には、民法九七条ノ二の公示送達によらなくとも、相手方が処分を了知しうるような適切な方法を採っている場合には、処分通知と同一の効果が生じるというべきである。
2 本件においては、民法九七条ノ二の公示送達は行っていないが、被控訴人は、人事発令通知書を家族に交付し、その内容を県公報に掲載し、それを控訴人の住所に送付している。この手続きは、民法九七条ノ二の手続きよりも丁寧であって、控訴人に不測の不利益を生じさせるものではないから本件懲戒免職処分の効力は発生しているというべきである。
理由
一 請求原因1、2のとおり、控訴人は被控訴人の職員であったところ、平成三年一月二八日、前記最後の住所を出奔し、以降は生死・所在ともに不明となったので、兵庫県知事は同日以降の無断欠勤を理由に懲戒免職処分をしたことは、当事者間に争いがない。
二 甲一号証、二号証の1、2、四号証、六号証、九号証、乙七号証、二〇号証の1、2、証人甲野春子の証言に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
1 控訴人の上司は、平成三年三月三〇日、控訴人出奔前の住所に赴き、控訴人の妻甲野春子に対して、人事発令通知書を読み上げたうえ、右通知書と処分説明書を甲野春子に交付した。
右人事発令通知書には、「甲野一郎兵庫県技術吏員 地方公務員法二九条一項の規定により本職を免ずる。平成三年三月三〇日 兵庫県知事」との記載があり、処分説明書には処分の理由として、「平成三年一月一八日以降、無断欠勤を続けていることは、全体の奉仕者たるにふさわしくない行為である。」との記載があった。
2 被控訴人は、同年三月三〇日付けの兵庫県公報の号外で、控訴人に対する右人事発令通知書の内容を掲載した。処分説明書の処分の理由は公報に掲載されなかった。
3 被控訴人は、同年四月六日、右県公報号外を、控訴人出奔前の住所に郵送した。
4 被控訴人は右以外には、本件懲戒免職処分を控訴人に対し通知するための手段をとっていない。
5 兵庫県公報発行規則(昭和三七年一〇月二〇日規則第八三号)は、県公報には条例、規則、辞令などを掲載し(三条)、県公報は本庁の各部課、地方機関、各種行政機関、県内市町村及び県議会のその他必要と認めるものに無償で配布し、購読を希望するものには売りさばき人をして有償で販売させるものとし(四条)ている。右規則その他条例、規則には、県公報を一般に閲覧させる方法をとる旨の定めはないが、県民情報センターや図書館では県公報が閲覧に供されている。
6 兵庫県職員の懲戒の手続き及び効果に関する条例(昭和三八年四月一日条例三一号)二条は、職員に対する「懲戒処分としての免職の処分は、その理由を記載した書面を当該職員に交付して行なわなければならない。」と定めている。しかし、その職員が、所在不明で書面を交付して処分を通知することが不可能な場合の処分手続については規定がない。他に被控訴人の条例・規則においても、このような場合の処分手続を定めた規定は存在しない。
7 控訴人は昭和七年五月一一日生まれである。
三 公務員の免職の行政処分の効力発生時期は、特別の規定のない限り、意思表示の一般法理に従い、その意思表示が相手方に到達した時、すなわち、辞令書の交付その他公の通知によって、相手方が現実にこれを知り、または相手方が知りうる状態におかれた時と解される(最高裁昭和二六年(れ)第七五四号同二九年八月二四日第三小法廷判決・刑集八巻八号一三七二頁)。
四 これを本件にみると、まず本件懲戒免職処分が控訴人に現実に到着して、控訴人がこれを現実に知ったことがないことは、前記認定のとおりである。
前記二1、3のとおり、控訴人出奔前の住所においてその妻に人事異動通書等を交付し、右住所に県公報を送付しているのであるが、控訴人は既にその二月余前に右住所を出奔し、生死・所在ともに不明となっていたのであるから、一時的な外出・旅行の場合とは異なり、これをもって相手方(控訴人)が処分を知りうる状態におかれたとすることはできない。
前記二2のとおり、本件の人事異動通知書の内容は県公報に掲載されるが、これをもって通知があったとして処分の効力が生じたとすることはできない(右最高裁昭和二九年八月二四日判決、最高裁昭和二七年(あ)第四〇〇〇号同三〇年四月一二日第三小法廷判決・刑集九巻四号八三八頁)。
以上のとおり、本件懲戒免職処分が、控訴人に現実に知らされ、または知りうる状態におかれたとすることはできない。本件ではそれが不可能な場合であったといえる。
五 そこでこの処分の通知について、「特別の規定」があるかであるが、民法九七条ノ二は、意思表示の一般法理を定めた規定と考えられるから、これは地方公務員の懲戒免職処分の通知についても適用されると認められる。ところが本件の場合にこの方法による意思表示の手続きがされていないことは前記のとおりである。
地方公務員法その他の法律や兵庫県条例には、県職員の免職処分につき、処分権者の知事が自ら公示の方法による意思表示を行うことができる規定はない。
被控訴人は、法律や条例の規定がない場合でも、民法九七条ノ二の手続きによることなく自ら前記二1、2、3の手続きを行うことにより処分通知の効力を生じさせることができると主張する。
しかしながら、公務員行政は法令の根拠に基づいて行われるべきものである。公示による意思表示によって相手方が現実に通知を知ることがほとんどないのは当裁判所に顕著であるところ、このような方法により免職などの不利益な処分の効力を発生させ、不服申立の期間も進行させられるとすれば、その正当性の根拠は、法令により、公示による意思表示の存在が相手方を含め、一般的に予告されているところにあると解せられるから、法令の根拠もなくして、懲戒免職処分の効力を生じさせることはできない。前記最高裁昭和二九年八月二四日判決も、相手方が現実にこれを知り、または相手方が知りうる状態におかれた場合以外で、免職処分の効力が生じるのは「特別の規定」のある場合に限られるとしているところである。
行方不明者に対し行政処分の効力を生じさせる必要性があるのは否定できない。しかしながら、民法九七条ノ二の規定により公示による意思表示が現に可能であり、また県は、適切な要件の下で、自ら公示による意思表示を行える旨の条例を制定することができるのであるから、右のような原則を無視してまで処分者自身による公示を認める必要はない。
以上判断のとおり、地方公務員の免職処分については、法令の根拠なくして、被控訴人(知事)が自ら公示による意思表示を行うことはできない。したがって被控訴人の行った前記二1、2、3の手続きによっては免職の意思表示が控訴人に到達したとみなすことができず、その効力は生じていない。
六 そうすると、控訴人は懲戒免職によりその身分を失ったとすることはできない。控訴人は昭和七年五月一一日生まれで、昭和三七年一二月一日に被控訴人に奉職し、職員の定年等の関する条例(昭和五九年三月二八日条例第一五号、甲七号証)二条、三条の規定により、六〇歳い達した後の平成五年三月三一日に定年退職し、この間に三〇年四月在職したことになる。
甲一二号証によれば、控訴人の退職の日の給料月額は三六万九八〇〇円であり、被控訴人の職員の退職手当に関する条例(昭和三七年一二月一五日条例第五〇号、平成三年六月一〇日条例第一九号による改正後、甲八号証)五条、附則二〇条によれば、控訴人に支給されるべき退職手当の額は、二〇一三万五六一〇円となる。
七 以上判断のとおり、退職金二〇一三万五六一〇円と、これに対する定年退職翌日の平成五年四月一日から支払いまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める控訴人の第二事件の請求は全て理由があるから認容すべきである。
よって、右と異なる判断を示した原判決を取り消して、第二事件の請求を認容することとし、訴訟費用は民訴法八九条により被控訴人の負担とし、仮執行宣言は不相当であるからこれを付さないこととして主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官井関正裕 裁判官河田貢 裁判官佐藤明)